(社)全国脊髄損傷者連合会 埼玉県支部


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会員活動報告 〜 森田 博美さん 〜

(杉)こんにちは、今回の会員訪問宅は久喜市鷲宮にお住まいの森田博美さんです。では自己紹介をお願いします。

(森)私は、森田博美と言います。現在31歳の男性です。疾病で血管奇形破裂による頚椎圧迫症で、現在車いす生活11年になります。宜しくお願いします。

(杉)自己紹介ありがとうございます。私と森田さんの出会いは、前埼玉県支部長の佐久間氏(現在は顧問)より私の住まいの近くにお住まいの森田さんが外出と生活環境等の悩みがあるようなので1度訪問して悩みを聞いて経験談を話してアドバイスをしてほしい、と依頼があり、この時が森田さんとの初めての出会いでした。今回で3回目の訪問になるかと思いますが宜しくお願いします。早速ですが、森田さんは何の原因で障がいになったのですか?

(森)17歳の学生の時に手足のしびれが発生し、さいたま市の日赤病院を受診し精密検査しましたが原因が分かりませんでした。その後は病状も安定ししびれが薄れましたが、そんな事で年1回の割合でMRI検査をしておりました。その後社会人になり20歳の時に通勤で勤務先より車で帰宅中に、17歳の時に経験した手足のしびれと同じ症状が出たのでこれはやばいと直ぐに車を止め自宅に連絡、家族が直ぐに救急車を手配し、掛かりつけの病院のさいたま市の日赤病院に意識もうろうの状態で運ばれ、さまざまな精密検査を受けました。検査結果は、非常に珍しい病気で、頚椎4番の血管奇形破裂による頚椎圧迫症と診断されました。次回発病した場合はかなりの高い確立で死去にいたる難病、とのドクターからの説明でした。早い手当でしたので生命は維持できたが、首から下はまったく自力では動かす事ができず、しびれと痛みがひどく、足の反射がひどく、また発病後約1年位は温度感覚がまったく分からず。そんな事で、過去に缶ホットコーヒーで低温やけどをした事がありました。また、排尿排便も自力ではできず日常生活が大変です。約4、5年後からは多少温度感覚はよくなりつつあります。

(杉)それは大変な事でした。私も脊髄損傷者の1人としてその苦しみは分かります。一時はパニック障がいになったのではないでしょうか。発病後約14年経ちますが、その後の自宅生活は如何でしょうか。

(森)そうですね、発病から14年経ち、いま現在埼玉県総合リハビリテーションセンターに週1回健康増進施設に家族の送迎で通っており、体力増進に挑戦している所です。また、時々買い物と娯楽に家族と出かけて楽しんでおります。

(杉)それは良い事ですね。できるだけ外に出て、外の空気と情報を肌で感じる事が良いと思いますね。今日は長時間にわたり障がいになったお話をお聞かせ頂き有難うございました。これからも全国脊髄損傷者連合会埼玉県支部を宜しくお願いします。

森田 博美さん

取材日:2011年12月20日(火) (記: 杉山 勝幸


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